徳川吉宗

米将軍、暴れん坊将軍としても有名な徳川八代将軍吉宗(1684-1745)。
紀州徳川家(徳川将軍家に次ぐ徳川御三家の1つ)の2代目藩主の四男として生まれました。

例えば、某有名自動車会社の主要グループ会社の平取締役が目覚ましい改革を成し遂げ、自動車会社本体の社長になるといったところでしょうか。

詳しくひも解いてみましょう。

紀州徳川家3代目、長兄の綱教そして4代目、次兄の頼職が相次いで亡くなりました。そこで22歳で5代目となったのが吉宗でした。

藩主となったのはよいものの、兄たちの葬儀に要した多大な費用や天災などで藩の財政は逼迫していました。そこで質素倹約令を敷き、藩の財政改革を行ない多大な成果を出しました。

将軍家に目を向けると、徳川七代将軍家継がわずか8歳で亡くなり、直系の男子が途絶えてしまったことにより養子として徳川将軍家に入り1716年、33歳のときに将軍になりました。

家康や慶喜とならび有名で人気のある将軍です。色々な運命が重なって地位を登りつめた幸運な吉宗でした。

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